研究内容


 量子化学計算によって、(1) ある構造での分子のエネルギー、(2)電子の分布の様子、(3)最も安定な構造や遷移状態の構造、(4)反応途中に構造の変化していく様子、(5)基準振動の振動数、赤外吸収強度、ラマン吸収強度、(6)励起エネルギーや振動子強度などさまざまなことを知ることができます。化学反応では、実験では観測することが困難な反応中間体が介在していることが多く、その反応の機構を完全に決定するのには、しばしば困難が伴います。また、反応物と生成物の間に存在する遷移状態は、反応理論において中心的な役割を果たしていますが、この遷移状態を実験で知ることは非常に困難です。しかし、理論計算を用いれば、こういった不安定な反応中間体や遷移状態を知ることができます。また、その電子状態を軌道理論にのっとって調べることによって、反応のエネルギーや活性化エネルギー、反応の道筋をコントロールしている電子的な要素について知ることができます。たとえば、立体選択的な反応では、異性体を与える同種の反応がいくつかあって、その中で一つの反応経路だけが他よりも起こりやすいのですが、これらの反応経路の活性化エネルギーの違いをもたらす原因をさぐれば、実験からだけではわからない化学反応を制御する因 子を明らかにできることが期待できます。このような量子化学計算を用いた最近の我々の研究例を以下に示します。


有機金属錯体の化学反応


アルキンの三量化と関連する化学反応

 アルキンの環化三量化反応は、さまざまな有用な有機化合物を与える反応として注目され、さまざまな遷移金属錯体が触媒となることが知られています。このような化学反応の一つとして、メタラシクロペンタジエンを中間体とするアセチレンの三量化やピリジン生成反応、メタラシクロペンタジエンとシアネートの反応などについて理論研究を進めています。中心金属が第1周期遷移金属の場合には、低スピン電子状態だけではなく、高スピン電子状態も重要な役割を担っており、スピン状態の変化にも注意しながら研究を進めています。



ニトリルX-CN結合の切断を伴う化学反応

 安定な分子の結合を切断することは、触媒反応に限らず、新しい分子を作り出す化学反応ではその第一段階として重要です。ニトリル分子のX-C結合(X=C, N, Si, Oなど)が鉄やモリブデンなどのシリル錯体によって切断される反応機構を明らかにし、その反応機構を支配する電子論的ファクターについて解析を進めています。また、関連する触媒反応の理論計算も行っています。この研究は、実験を精力的に進められている中沢浩教授(大阪市大)のグループとの共同研究です。



ホタルルシフェリン分子の吸収発光スペクトルに関する理論的研究


 ホタルの発光は、ホタルルシフェリン分子(以下ルシフェリン)がオキシルシフェリン分子に酸化され起こることが知られています。オキシルシフェリン分子は不安定なので、発光の機構を調べるためには安定で構造も似ているルシフェリン分子が実験的研究の対象になっています。そのような実験の一つとして、pHを変化させて吸収スペクトルと発光スペクトルを測定することが行われていますが、pHの変化のために、ルシフェリンの共役酸・塩基のうちどれが吸収・発光に直接関わっているかはそれほど明らかではありません。そこで、さまざまなpHの水溶液中において基底状態および励起状態に存在している分子種を量子化学計算から調べ、吸収・発光過程を明らかにしようとしています。この研究は、東大物性研の樋山みやび博士・秋山英文准教授との共同研究です。


量子化学文献データベース


 日本の量子化学研究者は、1978年以来非経験的分子軌道計算(密度汎関数法を含む)の文献のデータベースを作成維持してきました。QCLDB(quantum chemistry literature data base)とよびます。私は、それへの貢献を続けています。
QCLDB IIはこちら