名古屋哲学フォーラム2018冬のお知らせ

ポスター

みなさん、いかがお過ごしでしょうか?今年も秋なのに名古屋哲学フォーラムやらねぇなぁと思っている方々もおられることでしょう。ご安心ください。少し時期はずれますが、今年もあります、名古屋哲学フォーラム。今年は 冬、12月。テーマは、脱「おひとりさま哲学」。ご存知の方も多いかと思いますが、本年7月に信頼研究の学際化を目指して刊行された『信頼を考える―リヴァイアサンから人工知能まで』(小山虎編著、勁草書房)は、様々な領域の専門家たちが寄ってたかって「信頼」という共通テーマに取り組んだ学際的共同研究の成果であり、伝統的な(?)「おひとりさま哲学」へのアンチテーゼを示しているようにも思われます。また、本書刊行に並行して、綿密な企画運営のもと書店とウェブを結んだブックフェアも展開され、学術書を読者に届けるということについても真摯に向き合うスタイルが印象的でした。この試みが示す学術書刊行とブックフェアの連続性もまた、脱「おひとりさま哲学」宣言だと言ってもよいかもしれません。果たして、「おひとりさま哲学」とは別の道を歩み始めた哲学者たちは、どこへ向かうのか?今年の名古屋哲学フォーラムでは、『信頼を考える』の編者である小山虎さん、著者の朱喜哲さん、本書ブックフェアのプロデューサーである酒井泰斗さんを囲みながら、チームで哲学をすることについて哲学的に考えてみたいと思います。どなたさまも(おひとりさまも)ぜひお越しください。



以下、各提題者の発表要旨です。


「『信頼を考える』はどのようにして生まれたのか:意図していたことと意図していなかったこと」

小山虎(山口大学時間学研究所)

『信頼を考える』は様々な点で哲学書にしてはあまり見かけないスタイルの書籍だと思われる。しかし、本書の制作はまったく独自の試みということはなく、むしろ哲学で既に行なわれている活動をごく普通に取り組んだ結果にすぎない。独自であるように見える特徴のほとんどは(ブックフェアも含め)単に偶然の産物であり、その意味で本書はなんら特別なものではない。しかしながら、本書の編者から見ても独自であるよう思われることもある。それは、そうした偶然が起きることを最初から予想し、それを積極的に取り込んだ点である。本提題では『信頼を考える』の制作経緯を紹介し、参考にした既存の取り組みと、制作過程で生じた偶然とその結果について振り返ることで、「哲学者のすべきこと」について改めて考える材料を提供したい。

「研究経営における学術出版──一つの事例報告(2)」

酒井泰斗(会社員。ルーマン・フォーラム管理人)

報告者は、一人の社会学愛好者・享受者として、ここ15数年ほど いくつかの学術出版に携わるとともに、数多くの研究会の運営や学術イベントの企画立案・運営に関わってきた。集合的な社会的活動としての学術研究にとって出版はそれを支える基本的なインフラであり、多くの研究実践はそれを中心とするかたちで組織されるが、特に人文社会系分野においては 学術雑誌に加えて書籍出版が重要な位置にある。本報告では、著者がこの間に行ってきた活動を振り返りつつ、それらを行うさいに、@研究活動と出版の関係をどのようにとらえた上で、Aどのような点に留意しつつ、B何を目指してきたかを──特に『信頼を考える』と「信頼ブックフェア」を中心に──振り返ってみたい。(なお報告者は2014年に「科学・技術と社会の会」189回例会にて同タイトルの報告を行っており、今回は事例を変えた二回目の報告となる。)

「哲学の手法でビジネスをする、ビジネスの手法で哲学をする――『信頼を考える』フェアにおけるPDCA運用事例より」

朱喜哲(会社員。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程在籍)

『信頼を考える』は「信頼」をキーワードに多岐にわたる分野の専門家が協業した成果物である。そして、このプロジェクトで結集された「専門性」は必ずしも狭義のそれ――つまり学術的な研究能力――のみに限定される訳ではない。たとえば提題者は「ヘイトスピーチ」章を共著者のひとりとして執筆したが、書籍刊行後のブックフェアのような書籍販促の段階においては、職業上の専門性をもつデータ分析やPDCA運用といった役割をも担った。これはあくまで一事例ではあるが、「哲学だけをやれる哲学者」がますます絶滅危惧種になるだろう環境において、異なる領域で糧を得ながら哲学をすること、さらにはすでに存在する多様な専門性を哲学者コミュニティが生かしていく可能性や展望について、議論を提起したい。

今回の名古屋哲学フォーラムは、 平成28年度科学研究費助成事業(研究課題番号16H03341、16K02148)による研究活動の一環として実施されています。