2011年06月07日複雑系科学専攻・多自由度システム情報論講座
谷村研究室

2011年4月に着任した谷村は量子論基礎、量子情報理論、力学系理論などを専門としており、主として幾何学的・圏論的方法を駆使して理論物理と情報科学の問題を解くことを目指しています。 同講座の杉山雄規教授・中村泰之准教授と協力して、学生たちと議論しながら研究を進めています。ここでは私の研究の一面を紹介します。

・ベルの不等式の拡張と量子力学の検証:

量子力学はいろいろな意味でうまくいっている物理理論だが、世の中には、量子力学を信じられないという人たちがいて、量子力学に対抗する理論が昔からいくつも提案されてきた。 とくに量子力学は「ものごとは確率的にしか予測できず、観測されるまで物理量の値は決まっていない」と主張する。物理学の基本法則がそのような曖昧なものであってよいのか? という疑問はごく自然なものであり、《我々はミクロの世界を完全に知り尽くしておらず、本当はどこかに「隠れた変数」があって、物理量は隠れた変数の関数であり、隠れた変数の値さえ知っていれば物理量の値を確実に予測できるはずなのに、我々はその変数を知らないがゆえにものごとを確率的にしか予測できないのではないか?》と考えるのが「隠れた変数理論(hidden-variable theory)」である。 隠れた変数に関してはどんなモデルでも仮定できるので、隠れた変数理論は量子力学の予測を完全に再現できるだろうと、その理論の支持者たちは考えていた。
ところが、ベルは1964年に、隠れた変数理論と量子力学を比較検証し得るようなテストを考案した。クラウザー、ホーン、シモニー、ホルトという人たちはベルの主張を実験で検証しやすい形に書き換えた。 それは《隠れた変数理論が正しければ、ある物理量の平均値は必ず±2の範囲内にある》という不等式である。ところが量子力学はその平均値が±2を超えて、±2√2に達することがあると予測する。 したがって、ある物理量の平均値を測定すれば、隠れた変数理論が間違っていることを立証し得る。
そのような実験が行われ、量子力学の方に軍配が上がった。それはそれで歓迎すべき結果なのだが、一つ納得の行かない点として、ベル・クラウザーたちの不等式では、量子力学の予測範囲が隠れた変数理論の予測範囲よりも大きく(図のtype 1)、「隠れた変数理論が間違っていて量子力学が正しいこと」は検証できるが、「量子力学が間違っていて隠れた変数理論が正しい可能性」は始めから除外しているテストであった。 その意味で、ベル・クラウザーたちの不等式はフェアなテストとは言い難いものであった。
私は「どちらの理論も否定される可能性があり、一方の理論のみが肯定される可能性もある」という意味でフェアなテストを提案した(図のtype 2)。 実験検証するためにはもう少し理論を簡単化する必要があり、数学的にも詰めるべき部分があるが、このような物理の基本的な問題についてまだ疑問が残っており、しかもそれが情報理論の方法や最適化数理の方法を使って研究されていることは知っていただきたい。

・量子力学と情報科学の接点:

物理学は自然界の非人為的・客観的な法則性を探究する学問だが、量子力学では観測者の存在や観測者が何を知っていて何を知らないかということが物理現象のあり方・見え方と関わってくるので、「情報」というものを抜きにして物理を語ることができないという接点を提供する。 そのような関わりを今後も広げていきたいと思っている。

参考文献:

  1. 谷村省吾「21世紀の量子論入門(第8回)ベルの不等式とミステリー姉妹」『理系への数学』(現代数学社)2010年12月号 pp.59-65.
  2. T. Isobe and S. Tanimura, "A method for systematic construction of Bell-like inequalities and a proposal of a new type of test", Progress of Theoretical Physics, Vol. 124, 191-205 (2010).

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