2017年02月24日複雑系科学専攻 複雑系計算論講座
大岡研究室(大岡昌博教授)

【研究室の概要】
五感の中でも,視聴覚と触覚は,ロボットが行動戦略を立案・実行する上で重要な情報源となっています.中でも触覚は,ロボットが対象に力を加えたとき生じる相互作用から得られる感覚であるために,作業を遂行する上で重要です.
ロボットが触覚を獲得するためには,触覚センサが必要となります.しかし,対象に触れないとセンシングがかなわないという触覚センシングの宿命から,視覚センサに比べて触覚センサの開発はたいへんな困難が伴います.このため,いまだに理想的な触覚センサは実用化されていません.少々荒っぽい接触に対しても,タフで,壊れることもなく,比較的信頼できるデータが得られる実用的な触覚センサの実現に向けて,我々の研究室では,ヒトの触覚に注目しています.すなわち,除振台や空調など整った環境が無くても,熟練者はミクロン・オーダーの表面の粗さや平面度を自らの触覚にて知覚しています.また,我々自身を考えてみると,どこかに手をぶっつけても痛みはありますが多くの場合健全を保っています.このようなヒトの優れた触覚に学び,それをロボットの触覚センサに活用することを着想しました.
また,ハイタッチやスキンシップなどからわかるように,触覚はコミュニケーションのツールとして使えます.このことから,触覚センサが実現することによって,ヒトとロボット間,あるいはロボット間のコミュニケーションの手段として触覚の利用が考えられます.さらに,ヒトの触覚認識機構の解明が進むと,どのような刺激を与えるとバーチャル・リアリティ(VR)の演出に有効なのかがわかってきます.力覚を含めた触覚の仮想現実感を演出する装置は,ハプティック・デバイス(Haptic device)と呼ばれていて,VRの研究分野で今とくに注目を集めています.ヒトの触覚に学ぶ触覚センサの研究は,ヒトの触覚を知るという意味でハプティック・デバイスの実現に役立っています.
さらに,今までのVRでは,本物との接触によって生じる刺激をまじめに再現することを追求してきたのに対して,脳を欺いて本物と感じさせる研究も始めています.このために,種々の錯覚現象を活用しています.一連の研究の成果は,VRへの応用だけでなく,本物と感じるのはどのようなメカニズムなのかという脳の根源的な仕組みの解明への発展も考えています.
以上述べたように,大岡研究室ではヒトとロボットの触覚を中心とした研究を学生たちと進めてきました.これまでに,前期課程53人,後期課程12人の修了生を輩出してきました.海外留学生も数多く受け入れ,これまで中国,マレーシア,シリア,トルコ,イランから来た留学生が当研究室から巣立って行きました.以下では,当研究室の学生らが取り組んできたテーマのうち代表的なものについて,ロボット関連とヒト関連それぞれ三つずつ取り上げて解説します.
【光導波形三軸触覚センサ】
滑り落さずにものを持って運んだり,雲梯で次の棒につかまるときに,ヒトは落としたり落ちたりすることを避けようとします.そのために,指先や掌で感じる圧力は勿論ですが,滑り落す,あるいは滑り落ちるまでにどのくらい余裕があるか知る上でせん断力の情報が重要になります.三軸触覚センサとは,三軸の力を計測できるセンサ素子が分散配置され,接触に伴って発生する三軸力の分を計測するものです.この触覚センサによれば,先ほど必要な情報として指摘した圧力分布とせん断力の分布を同時に計測することが可能となります.
ここで,本センサの仕組みを図1に示します.本センサは,透明なアクリル半球,アクリル半球に接触するゴム製触子,ゴム触子の移動を制限するアルミドーム,アクリル球に光を入射するためのLED,撮影用のファイバースコープ,イメージセンサなどから構成されています.この触覚センサでは,ゴム製触子がセンシング素子として機能し,触子に作用する三軸の力はゴム製触子の底面とアクリル半球の間で生じる接触の様子を画像として取り込むことによって計測されます.この構造を採用すれば,センシング素子と物体の間で生じる接触の事象と画像をセンシングするイメージセンサの間に距離があるために,対象物とセンシング素子の接触が多少ラフであってもイメージセンサを破壊することがありません.したがって,本センサはそもそも素性として接触に対してタフな構造を持っています.さらに,光量変化の計測をベースとしていますので,周囲の電磁波や漏洩容量を起因とするノイズに比較的強いという特長を持っています.
このセンサは,研究室で開発した双腕ロボットに搭載され,例えば,図2に示すように紙のハンドリングの実験に供されています.テーブルに積まれた千円札から一枚めくり取り,もう片方の手でつまみあげることに成功しています.このほか,後述の視覚と触覚によるヒトとロボットのコミュニケーションに関する研究にも本センサが活用されています.

【ヒトの指型三軸触覚センサ】
上で紹介した三軸触覚センサは,ヒトの人差指と比べて約2.5倍とかなり太いために,ヒューマノイドロボットに適用するためには小型化を進める必要があります.先ほどの図1に示す構造では,小型化するにはそれほど単純ではないので,構造を単純化してメカニカルな機能が足りない分を画像処理の技術で補うことを考えました.すなわち,ゴム触子を用いる方式から,単純なゴム膜に変更して,垂直力は前述のセンサと同様に接触部の輝度値から算出し,せん断力の検出は接触領域の移動量から同定する方式を採用しました.
その結果,三軸力の検出精度は多少低下し,画像解析に関連する計算負荷は多少増大しましたが,図3に示すように,ヒトの人差指サイズにまで小型化することに成功しました.この小型化を達成するために,このセンサには2mm角サイズの超小型CMOSカメラを採用しています.構造と計算方式の両方について改良することによって,可能な限り検出精度の向上を目指して,今後も研究を継続する予定です.

  • 図1 光導波形三軸触覚センサの構造
    図1 光導波形三軸触覚センサの構造
  • 図2 千円札をめくりとるロボット
    図2 千円札をめくりとるロボット
  • 図3 人差指サイズの三軸触覚センサ
    図3 人差指サイズの三軸触覚センサ

【視覚と触覚に基づくヒトとロボットのコミュニケーション】
このテーマでは,日常生活の中で,「あれとって」とか「こっちに置いて」などを自然な身振りで指示して,ロボットに働いてもらうことを考えています.このとき,ロボットと我々はお互いの手が届くくらいの比較的近い距離にいることを想定しています.例えば,ロボットに物をとってもらうとき,ロボットがつかんでいるものを最終的には我々の手で受けることになります.そのとき,ロボットの方が力加減をしないと,渡すのではなく勢い余って我々の手を掴んだもので打ってしまうかもしれません.また,その物を床やテーブルに置いてもらう場合でも力加減をしないと,今度は物を衝突させ壊すことや,ひどい場合自分自身を壊してしまうかもしれません.
我々の研究室では,上に述べた,「あれとって」,「こっちに置いて」をマシンビジョンと触覚情報処理を活用して,なるべく自然な形式で実現しようとしています.コミュニケーションの取り方の概念図を図4に示します.ロボットとヒトが見つめ合うことによって,ロボットはヒトが何か要求していることを理解します.この時,画像処理としてヒトの視線追跡が用いられます.次に,ヒトはとってもらいたいものを指差し,画像解析によりロボットは指差されたものを判別しそれを取りに行きます.取り上げたものをヒトに渡すとき,ロボットは反力を感じながら,適切な力でヒトに物を渡します.

参考:http://thescipub.com/PDF/jcssp.2016.246.254.pdf

  • 図4 視覚と触覚によるヒトとロボットのコミュニケーションの概念図
    図4 視覚と触覚によるヒトとロボットのコミュニケーションの概念図

【ベルベットハンドイリュージョン】
ベルベットハンドイリュージョンとは,図5に示すような目の粗い網を両手で挟んでこすると,網目の間に柔らかいすべすべの触って気持ちの良いベルベット生地のような感触を感じる触覚の錯覚現象です.この現象は,網よりむしろ二本の鋼線の方がはっきりと現れます.
何もないところから,面の感覚を生じるこの現象は大変不思議で,これを追求することによって面を感じる仕組みについて何か手がかりを得ることが期待されます.研究の結果,二本線の間隔とストロークが一致する条件でこの錯覚が最も強く表れることがわかっています.さらに生理学研究所との共同研究により,機能的核磁気共鳴(fMRI)による解析を進めています.この共同研究により,ベルベットハンドイリュージョンのメカニズムが次第に明らかにされつつあります.
二本線の移動の感覚が,この錯覚現象を引き起こすために,ハプティック・デバイスによりこの錯覚が演出できないか検討を進めています.最新の研究では,図6に示すようなマトリックス型のピンアクションタイプのデバイスでもこの錯覚現象を演出できることがわかっており,VRへの応用が期待されています

参考:http://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/1729881416658170

  • 図5 ベルベットハンドイリュージョンの説明
    図5 ベルベットハンドイリュージョンの説明
  • 図6 ハプティック・デバイスによるベルベットハンドイリュージョンの誘発
    図6 ハプティック・デバイスによるベルベットハンドイリュージョンの誘発

【運動錯覚】
運動錯覚とは,筋肉や腱に適度な振動刺激を与えることによって,筋肉や腱が伸びたような錯覚を生じる現象のことをいいます.このとき,刺激を与えられた上肢や下肢は,実際には動いていないということがポイントです.すなわち,「動いていないのに動いた気がする」ということです.刺激によって,実際に動いてしまう緊張性振動反射とは全く異なります.緊張性振動反射では,刺激によって実際に動いてしまうし,動く方向も逆になります.
我々の研究室では,この運動錯覚を最終的にリハビリテーションに適用しようと考えています.その準備として,運動錯覚が生じる条件について丹念に調べました.運動錯覚の研究例は,比較的多く,1970年代から実施されてきました.しかし,運動錯覚が誘発される条件は研究者ごとによって全くと言っていいほど異なっています.どれが真実かわからない状態です.そもそも,研究者ごとに使用する振動発生器が異なり,動特性をふくむその機器の特性が明確ではありません.対象に接触して振動するために,振動発生器の機械インピーダンスが十分大きくない場合には筋肉や腱の機械インピーダンスによって計測値が影響を受けることになります.
そこで,図7に示すように我々は振動発生器を含めた実験システムを新しく設計製作して,周波数,加速度振幅,押しつけ力が統制された条件で運動錯覚を調査しました.調査は,図8に示す手首の橈骨手根屈筋 (Flexor Carpi Radialis),長掌筋 (Palmaris Longus),尺側手根屈筋 (Flexor Carpi Ulnaris)の三本に対して実施され,運動錯覚を生じさせるための最適条件を初めて明らかにしました.

  • 図7 運動錯覚誘発装置
    図7 運動錯覚誘発装置
  • 図8 三本の刺激腱
    図8 三本の刺激腱

【Pseudo Haptics】
Pseudo Hapticsとは,視覚情報に引きずられて,与えてない力を感じる現象です.例えば,目の前のスクリーンに映し出されるマウスのポインタの動きを見ながらマウスを操作している場面を考えます.一定の速度でマウスを右から左に動かすとき,途中でマウスポインタの動きが鈍くなったとします.このとき,操作している人はマウスから反力を感じます.それがPseudo Hapticsで,我々はこれを力覚呈示に使おうと考えています.視覚情報に変調を与えるだけで力覚が呈示できれば,アクチュエータを省略可能となり,機器の小型化に繋がります.
これまでに,圧力を感知できるマウスを開発して,図9に示すように仮想ばね定数が異なる二つの球を用意して,つぶれる様子だけで硬さの違いが感じられるか確かめました.この研究は,ハプティック・デバイスとの組み合わせや他の錯覚の組み合わせで硬さ以外の手触り感の実現に向けて発展させることを予定しています.

【今後の展望】
2003年から情報科学研究科に大岡研究室を開いて13年過ぎました.当初,以前からのテーマである触覚センサとヒトの表面粗さ認識を軸に研究を進めて来ました.幸いにも数多くの学生が当研究室に来てくれて,研究の幅が大いに広がりました.また,学生諸君の頑張りによって,数多くの学術表彰を受けることが出来ました.説明が長くなるので省略しましたが,「確率共鳴を生じる電子回路による触覚センシング」もその一つで,2010年に日本機械学会から論文賞をいただきました.
今後もロボット側から見たヒト,ヒト側から見たロボット,そしてその間を繋げるインタフェースの三分野から研究を進めていきたいと考えています.やってみたら意外にこうだったという発見が日々の研究の中でよく経験し,飽きることはありません.やりたいことが次々見つかる毎日を過ごしています.今後の研究活動を通じて,学生諸君とともに成功体験を得ることができれば,望外の喜びです.

  • 図9 仮想球が圧縮変形する様子
    (a)柔らかい              (b)硬い
    図9 仮想球が圧縮変形する様子

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